神社本庁について教えて下さい。

最終更新日 2024年5月14日 by nieaun

「神社本庁ってどんな組織?」
「神社本庁の歴史について知りたい」
「神社本庁の仕事内容について知りたい」

神社本庁は、伊勢神宮を中心として、日本の神社組織を統括する宗教法人の事を指します。
ちなみに「本庁」と書かれているので、官公庁の類に思われる事も多いですが、神社本庁は文部大臣所轄の包括宗教法人であって決して国の特別な機関ではありません。
ただ、かつては内務省の外局に神祇院が存在しており、組織の流れとしてはその後継団体の様な立場である事はチェックしておきたい部分です。
(※以前は国と関係があったが、今は無いという事)

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神社本庁の組織の概要

続いて組織の概要に関してですが、神道系の団体では日本最大規模であり現在国内には、約8万程の神社があるとされていますが、大体その中の7万9000程が加盟しています。
この中には観光地になっている様なメジャーな神社は、全て網羅されており、都道府県ごとに神社庁が置かれていると思って下さい。
組織の目的は、「包括下の神社の管理と指導、神社神道の宣揚に神社祭祀の執行」であり、他には「信者の教化育成並びに、本宗である伊勢神宮の奉賛に神職の養成と冊子の発行頒布を通じた広報活動」とされています。
この辺りの詳しい事を知りたい場合には「宗教法人「神社本庁」庁規」を参考にする事をお勧めします。
組織の発端は、1872年の明治5年に伊勢神宮の小宮司にして、教部省に所属した浦田長民が神宮教会を設置した事にあり、その後1875年に全国の神道諸派が結集した神道事務局が登場する事となります。
ちなみに、この神道事務局は行政団体の位置づけであり、総裁が有栖川宮幟仁親王、副総裁には岩下方平である事からも国や皇室との繋がりがしっかり確認出来る事もポイントです。
ただ、これ以降も組織の変遷は数多く発生し神道事務局はやがて生徒寮が分離独立し、神職の中央機関である皇典研究所が出来る事になり、神道事務局の方は1884年に神社本局へと再編される事となります。

仏教やキリスト教とは少し様相が異なる

そして1890年の明治23年11月29日の時点で、大日本帝国憲法第28条という事で「信教の自由」が認められた事が、大きいターニングポイントとなりました。
これにより仏教や、禁教時期があったキリスト教に神道等が国から宗教としての公認を得ます。
ですが、神道は確かに国から宗教としての公認を得たのですが、仏教やキリスト教とは少し様相が異なりました。
国は「宗教として認めてはいる物の、宗教としては扱わず国家祭祀を扱う組織」と神道を定義する様になり、この辺りの事情が影響して組織の構造が少し複雑になる事となってしまいます。
ちなみに、現在神職関連の学校として名高い国学院大学は、この時期に皇典研究所が作った事もチェックしておきたいポイントです。
やがて1898年の明治31年に全国神職会が結成されて、全国の神社の横の繋がりが強化される事となり、1900年の明治33年に内務省社寺局が神社局と宗教局に再編されて、神道と仏教がハッキリ区別される様になりました。
この時期に登場した全国神職会が「大日本神祇会」となって、1940年に登場する神社本庁の前身団体である神祇会へと変わっていきます。

「思想宗教、集会の制限」がGHQの名の元に撤廃される

大体、此処までが明治の終わりまでの話であり、明治終わりになる辺りまでで大体の組織の基盤が整備されて、後は大正時代で色々な肉付けがされていったという解釈で齟齬がありません。
そして、次のターニングポイントが第二次大戦の敗戦であり、1945年に「思想宗教、集会の制限」がGHQの名の元に撤廃される事となって、12月15日には神道指令が出される事となって神祇会は廃止される事となります。
当初、神祇会側は明治の頃の「神社は宗教であって、宗教ではない」という特別な立場を根拠に現体制を維持出来る物と考えていた節があり、占領軍からの圧力は予想外であった事が伺えます。
ただし、メンバーの中には戦時中の出来事等に対するGHQの捉え方の面等から、厳しい弾圧がある事を予想していた者達もいました。
そして最終的に1946年の昭和21年の1月23日に、大日本神祇会と皇典講究所、神宮奉斎会の3団体が現在の神社本庁を立ち上げる事となります。
この組織の設立は、その意味では神道の生き残りをかけた計画の一端であったとも言えて、現在もこの切欠となった神道指令に対しては「無理矢理に国から宗教性を削ぐ乱暴な行為である」という様な見解が出されたりもしています。

まとめ

ただ、この神道指令に際し、占領軍による神社の打ちこわしの様な事案が発生したわけではなく、この指令の結果国からの公的な支援が無くなった事が最終結果だったのも押えておきたいポイントと言えます。
後は最後の確認ポイントですが、神社本庁は広義では前述の様に8万の神社の統括組織ですが、狭義では渋谷区代々木にある事務団体を指します。
他にも重大な議決を決定する評議会等も設置されていて、組織の内容は戦前とは全く違う様相を呈しています。
神社大麻(※所謂麻縄の材料等)の管理等でも、重要な役割があります。