あの日から、十数年の月日が経ちました。
しかし、東日本大震災がもたらした大きな揺れと、その後の光景を鮮明に覚えている方は少なくないでしょう。
私自身、あの日を境に「住まいの安全」に対する意識が根底から覆されました。
こんにちは、一級建築士の高橋健一と申します。
これまで17年以上にわたり、250件以上の住宅の耐震診断に携わってきました。
この記事は、単に耐震の重要性を説くものではありません。
あの日、一人の住まい手として感じたリアルな不安と、建築士として「命を守る」という使命に目覚めた私の実体験を綴ったものです。
そして、「診断=不安を煽る」のではなく、「診断=安心への第一歩」であるという、私が最も伝えたい視点をお届けします。
この記事が、あなたとあなたの大切な家族の未来を守るきっかけになれば幸いです。
あの日、そして気づき──震災直後の実体験
自宅マンションで感じた揺れと不安
2011年3月11日、私は川崎市の自宅マンションで、これまでに経験したことのない長周期の揺れに襲われました。
建築士として、建物の構造に関する知識は持っていたつもりです。
しかし、その瞬間に感じたのは、専門知識などでは到底抑えきれない、純粋な恐怖でした。
「この建物は、本当に大丈夫なのか?」
幸いにも、私の住むマンションに大きな被害はありませんでした。
しかし、テレビに映し出される甚大な被害状況を目の当たりにし、自分の無力さを痛感したのです。
震災後に知った「構造的弱点」とは
震災後、私はすぐさま自宅マンションの図面を取り寄せ、構造を再検証しました。
すると、最新の基準では補強が推奨される可能性のある「構造的弱点」がいくつか見つかったのです。
もちろん、違法建築ではありません。
しかし、より高い安全性を求める現在の視点から見れば、決して万全とは言えない状態でした。
この事実は、私に大きな衝撃を与えました。
専門家でありながら、自分の住まいのリスクを正確に把握していなかったのです。
「建築士である前に、住まい手だった」私の気づき
この経験を通して、私は痛感しました。
どれだけ専門知識を持っていても、いざ当事者となれば、誰もが一人の不安な「住まい手」なのだと。
そして同時に、住まい手としての不安が分かるからこそ、専門家として伝えられることがあるはずだと強く感じました。
この気づきが、私の建築士としてのキャリアを大きく変える原点となったのです。
耐震診断と向き合う決意
自宅の診断を通して見えた“骨組み”の真実
私はまず、自身のマンションで正式な耐震診断を実施することを管理組合に提案し、実行に移しました。
専門家の目で客観的に評価することで、これまで見えていなかった建物の“骨組み”の真実が明らかになりました。
どこが強く、どこに補強が必要なのか。
このプロセスは、漠然とした不安を具体的な課題へと変えてくれました。
闇雲に怖がるのではなく、正しく知り、備えることの重要性を、身をもって学んだのです。
佐藤文夫氏の言葉が背中を押した
私の決意を後押ししてくれたのが、恩師である構造設計の大家・佐藤文夫氏の「建物は人を守る“盾”であれ」という言葉でした。
建物は、単なる箱であってはならない。
そこに住む人の命と暮らしを守る、最後の砦でなければならない。
この言葉を胸に、私は一人の住まい手の不安に寄り添い、専門家としてその不安を安心に変える手助けをしようと心に誓いました。
「不安」から「行動」へ──専門家としての転機
自宅の診断をきっかけに、私は耐震診断と補強設計の分野に本格的に足を踏み入れました。
それは、私にとって「不安」を「具体的な行動」へと転換させた大きな出来事でした。
この経験があるからこそ、私は今、耐震診断を検討している方々の気持ちに寄り添い、「大丈夫ですよ、一緒に考えましょう」と心から言うことができるのです。
現場で見てきた耐震のリアル
診断250件以上から見えた“築年数と構造の壁”
これまで250件以上の住宅を診断してきて、明確な傾向が見えてきました。
それは、1981年5月以前の「旧耐震基準」で建てられた建物に、やはり構造的なリスクが集中しているという事実です。
1981年6月以降の「新耐震基準」では、震度6強から7程度の大地震でも倒壊しないことが求められています。
しかし、旧耐震基準は震度5強程度の揺れに耐えることが目標であり、想定されている地震の規模が大きく異なります。
この“築年数と構造の壁”は、私たちが直視しなければならない現実です。
よくある構造リスクと、見逃されやすいポイント
特に木造住宅では、診断を通じて以下のようなリスクが見つかることが少なくありません。
- 壁の不足・偏り:建物の片側に壁が少なく、地震の揺れに対してねじれやすい。
- 接合部の劣化:柱と梁などをつなぐ金物が不足していたり、錆びていたりする。
- 基礎の問題:無筋コンクリートの基礎や、玉石基礎で強度が不足している。
- シロアリ被害:土台や柱がシロアリによって蝕まれ、強度が低下している。
これらは、普段の生活ではなかなか気づくことができない、まさに“見えないリスク”なのです。
助成金制度と住民の行動パターンのギャップ
幸い、多くの自治体では耐震診断や補強工事に対する助成金制度を設けています。
しかし、現場では「制度の存在を知らない」「手続きが面倒で利用していない」という声を頻繁に耳にします。
せっかくの支援制度が、本当に必要としている人に届いていない。
このギャップを埋めることも、私たち専門家の重要な役割だと感じています。
私が選んだ道──伝える・診る・支える
木造住宅の耐震補強設計に注力する理由
私が特に木造住宅の耐震化に力を入れているのは、日本の住宅の多くを占め、かつ構造的な弱点を抱えやすいからです。
適切な診断と補強を行えば、木造住宅の安全性は飛躍的に向上します。
一軒一軒の家と向き合い、その家に最適な補強方法を提案すること。
それが、最も直接的に命を守ることに繋がると信じています。
「安心は、まず建物の骨組みから」──住まい手へのメッセージ
私が常に住まい手の皆さんにお伝えしていることがあります。
安心は、まず建物の“骨組み”から始まります。
見た目が綺麗でも、家具の固定をしても、建物の骨組みそのものが弱ければ、本当の安全は手に入りません。
診断は、将来への“備え”です。
怖がらずに、まずはご自宅の健康状態を知ることから始めてみませんか。
診断を“怖がらずに受ける”という文化を広げたい
耐震診断を受けると、「何か欠陥が見つかるのが怖い」と感じる方がいらっしゃいます。
そのお気持ちは、痛いほど分かります。
しかし、私は「診断=不安の確定」ではなく、「診断=安心へのスタートライン」だと考えています。
問題を早期に発見できれば、それだけ対策の選択肢も広がります。
この考え方を社会に広めていくことが、私の使命です。
読者への呼びかけ──今こそ、「備え」の一歩を
「うちは大丈夫」ではなく「確認しておこう」という発想へ
この記事を読んでくださったあなたに、お願いがあります。
「うちは新耐震だから大丈夫」「大きな地震は来ないだろう」という思い込みを、一度リセットしてみてください。
そして、「念のため、確認しておこう」という発想に切り替えてみませんか。
その小さな意識の変化が、あなたと家族の未来を守る最も重要な一歩となるのです。
自治体の支援制度を活用しよう
耐震診断には、一般的に10万円から40万円程度の費用がかかると言われています。
しかし、前述の通り、多くの自治体で助成金制度が用意されています。
まずは、お住まいの市区町村のウェブサイトを確認したり、窓口に問い合わせてみたりすることをお勧めします。
「まずは相談から」──建築士としてできること
もし、何から始めれば良いか分からなければ、私たちのような専門家を頼ってください。
具体的な行動ステップは、実はとてもシンプルです。
- お住まいの自治体の助成金制度を調べる。
- 信頼できる建築士や診断機関に相談する。
- まずは簡易的な相談や予備調査から始めてみる。
私たちは、あなたの不安に寄り添い、最適な解決策を一緒に見つけるパートナーです。
信頼できる相談先を見つけるためには、実際にどのような会社があるのか調べてみるのも有効です。
例えば、全国でマンションの耐震診断コンサルティングを手がける株式会社T.D.Sの評判・口コミなどを参考に、第三者の評価を確認してみるのも良いでしょう。
まとめ
東日本大震災は、私に建築士としての本当の使命を教えてくれました。
それは、一人の住まい手としての不安を忘れず、専門家として安心を届けることです。
この記事を通じて、以下の点が伝わっていれば幸いです。
- 東日本大震災は、耐震基準に関わらず全ての住まい手にとって「備え」の重要性を突きつけた。
- 私自身の経験から言えるのは、「不安」を「行動」に変えることで、本当の安心への道が開けるということ。
- 耐震診断は怖がるものではなく、家族の命と財産を守るための「未来への投資」である。
あなたの家は、あなたと家族を守る“盾”でなければなりません。
その盾が本当に頑丈かどうか、確かめてみませんか。
今日この瞬間が、あなたの家族を守るための第一歩です。
最終更新日 2025年7月31日 by nieaun